日本空手協会 灘支部の沿革



私達の上部団体は公益社団法人私達の上部団体は公益社団法人日本空手協会(松濤館流とも呼ばれています)で
沖縄伝統空手の4大流派の一つです。
大正時代に文部省の依頼で空手を紹介する為に沖縄より東京に来られ、その後、
関東の有名大学を手始めに空手の普及に努められた船越義珍翁が創設された団体です。
東京の松濤町を拠点に空手の普及に努められてので、松濤館流と呼ばれていると言う説もあります。

その後、ベスト空手の著者 中山正敏主席師範が社団法人日本空手協会を創設されました。 

兵庫県本部の設立は日本空手協会の設立に協力されました故菅野淳師範が昭和27年(1952年)
神戸YMCA, 毎日新聞神戸支局2階を中心に活動を起こされ、昭和29年8月15日に
日本空手協会兵庫県支部として、認可発足致しました。 

「鶴甲会館道場」は故菅野師範が旧鶴甲会館に師範を慕ってくる有名選手の為に開設されました。
その歴史は半世紀にのぼります。

「灘小空手クラブ」は既に引退されました元神戸市議、吉田基毅氏のご尽力で灘小体育館に
2003年1月に創設され、部員6名でスタートしました。

「灘小空手クラブ」と故菅野先生が指導されていた「鶴甲会館道場」が2011年10月20日に統合され六甲支部として出発し、総勢100名近くの大きな支部となりましたが、2024年2月9日に分離独立し、新に
灘支部として活動を始めることになりました。 発足当時は20名足らずの部員でしたが、その後、地下鉄西神中央駅北隣にある西神中央センタービル内の西神中央文化センター空手教室も傘下に入り、 半年後には50名程の部員を抱える支部となりました。 日本空手協会灘支部は灘小空手クラブ、灘っ子ひよこ教室(鶴甲会館)、西神中央文化センター空手教室、灘福祉センターの4つの道場で活動しております。

灘支部長 増野耕三